2010/4

1. 鍋山の湯

2. 泥湯

3. 裸足の行進

4. カボスロック

5. 邪馬台国とか結婚とか

6. 由布川渓谷

7. さらば恋人たち


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ボクたちがエッグとユーコに出会ったのは、明礬温泉の小さな集落から鍋山に入るダート道の途中だった。

明礬温泉という名ではあまり知られていないが、別府地獄巡りのひとつ「坊主地獄」と言えばご存知の方も多かろう。粘土質の泥の中からぼこんぼこんと源泉が湧く様子が、まるでお坊さんの頭のように見える。まあ、一度見物すれば二度とは見るほどのものでもないが、その泥に美肌効果があることから、近年、泥湯を供する宿には、それを目当てに投宿する客も多いと聞く。また、集落から離れた山の中に、秘湯マニアの間では有名な野湯が点在していることでも知られている。

ボクたちの旅はいつも行き先を決めない放浪の旅である。実際、この前日には鞆の浦にいた。仕事を終えた職場から直接高速道路に乗り、夜通し走って力尽たのが広島付近のサービスエリアだったのである。さらに広島で春嵐に遭い、西の方が天気の回復が早かろうとまた夜の山陽道を走った。だから、東京を出るときには九州まで来るとは思ってもいなかった。朝、関門橋を渡ると、久しぶりの筑紫平野はちょうど満開になった桜が春雨に煙って美しかった。

別府湾を見下ろす道の駅に偶然立ち寄ったボクたちは、野湯の情報に興を覚え、その中のひとつ、「鍋山の湯」に向けてナビを頼りに登って来たのだった。

低いフロントスポイラーが岩にぶつからぬよう慎重に車を進めていると、前方を歩いていた若いカップルが通りやすいように道を譲ってくれた。それがエッグとユーコだった。

「鍋山の湯に行くの?」


ウインドウを開けて声をかけたのは、道が正しいか自信がないので確かめたかったからだ。しかし彼らにしてみれば、それこそ「坊主地獄に仏」だったらしい。二人は満面の笑顔でいそいそと車に寄ってきた。

「すみませーん、いいんですか?」
「え?あ、ああ。一緒に乗って行きますか?」

空は明るいが山の東斜面にあたるため暮れ出したら夜は早い。たとえ若い彼らの足でも、歩いて往復すれば帰り道は真っ暗になるだろう。あるいは声をかけたことは道義的に正解だったかもしれない。エッグとユーコは若者らしからぬ礼儀正しさで後部座席に乗り込んできだ。

ダート道が尽きたところに小さな駐車スペースがあって、野湯はそこからまだ300mほど徒歩で登ったところにある。ボクたち4人はタオルを提げて一緒に坂を登った。野湯に向かうカップル同士、お互い連れがあるのは心強い。

 


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たどり着いた鍋山の湯は素晴らしいロケーションで、まさに山の斜面にぼっこりと湯が湧いている。施設といえば湯温を調整するための水を川から湯船まで引くパイプだけで脱衣所はもちろん身を隠す岩陰すらない。明礬温泉の宿泊客と思われる浴衣姿の男たちが5、6人見物に来ている。彼らが囲んでいる湯には、落ち着きのないワニの匂いのする男が二人、別々に入浴中である。サティと二人だけなら、彼らは混浴ムードを高めてくれるありがたいギャラリーである。しかし、この日は若いカップルと連れになってしまっている。

ふと見渡すともう50mほど上の斜面からも湯煙が上がっていて、折りしもそこから二人の湯浴み客が下りてくるのが見えた。

「よし、上に行こう。」

ボクは一行に声をかけてガレ場を登った。そして煙りの中に無人の野湯を見いだした。しかもその湯は灰色の泥でほどよく濁っている。エッグがまるで打ち合わせたかように斜面の途中で見張りに立ったのが見えたので、ボクはユーコとサティに脱衣とかけ湯を促し、素早く湯に入らせた。

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ユーコ19才、混浴初体験。あっぱれな勇気だった。ところが、ボクの苦労はあっけなく水泡に帰した。ボクとエッグも入浴したのを確認すると、見物の団体とワニまでがぞろぞろと下の湯から登ってくるのが見えた。

やがて裸にタオルのままで登ってきた胸毛もじゃもじゃの外国人がニコニコとエッグに話しかけながらボクたちの湯壺に滑り込んできた。男は流暢な日本語で泥の薬効を説いている。いつのまにかエッグばかりかユーコもサティまでもがその話に頷きながら聞き入っているではないか。湯の底の泥を手足を器用に使ってすくっては、持参の桶にためながら男は自己紹介を始めた。

何でも商社に勤めるイラン系アメリカ人で、別府には仕事で赴任して来ている。鍋山の湯をすっかり気に入って、今日も取引先の接待を断ってまで登って来たという。訪れる湯浴み客に泥の効用を教え、身体に塗ってあげるためだ。

「サンスケ ミタイナ モンデス ネ」

…何がみたいなもんですだよ!説得力なさすぎ、胡散臭いにもほどがある‥と、思いきや、サティはもう背中を自称イラン系アメリカ人の大きな手に委ねているではないか。泥をすくった手が巧妙に胸に回る。


エッグは自分で頭から泥をかぶって泥坊主になっている。あわれサティとユーコは露天風呂のステージで、眉唾外国人三助に操られ、浴衣の見物客たちに「泥んこヌードショー」を披露する羽目になった。
辺りが柔らかな暮色を帯びはじめた。アメリカ人サンスケ氏も、今日の使命を終えたようでいつの間に姿を消した。宿の夕食時間なのだろう、浴衣の団体もいそいそと一列縦隊で斜面を下ってゆくが、足元の悪いガレ場に下駄である。なかなか進まない。ふと気づくとボクたちのいる湯船も4人だけになっていた。

「いい湯っすね。」

エッグがボクに言って、それからチラリとユーコを見て視線を交わす。若い恋人たちは見ていて気持ちよいほど仲がよい。四人で見下ろす森の向こうに海が明るく光っている。水平線がずいぶんと高い。

湯浴み語りに聞けば、二人は福岡から今朝高速バスでやってきたそうだ。一日、別府の湯巡りをして、最後の仕上げに鍋山の湯を目指したらしい。驚いたことにはユーコは3月いっぱいで勤めを辞め、明後日から二年間の予定でアジアを放浪する旅に出ると言う。

「何だって?じゃ、大旅行出発の前々日に湯巡りしてるのか。」
「はい、そーっす。行く先々で働きながら旅するんで、ゆっくり温泉に浸かるなんて当分ないと思いまして。」

これだけ仲のよい二人が二年間も別々に暮らして大丈夫なのかと心配になる。ユーコの旅立ちを前に、23才の恋人エッグは急遽仕事の休みをもらって一緒に高速バスに飛び乗ったが、明日の夕方には職場に戻らなければならないそうだ。もちろん宿もとっていない。

「ここで寝られないかなあと思って来たんすけど、ムリそうっすね。」

当たり前である。しかも今夜はこれから横殴りの嵐という予報である。

「とにかく都合のいいとこまで送ったげるけど。」
「あざーす。助かります。下まで行けばどっか寝るとこ探します。」

こいつら…ただ者ではない。ボクたちも旅人としてはただ者でないと思うが、この二人の無計画さ無鉄砲さには負けた。

「何だか肌がすべすべになってきたみたい。」

とユーコが言う。サティが頷く。ボクの肌はすべすべになっても仕方ないのだが、確かにそんな気もしてくる。泥のおかげてマイルドだが、案外アルカリ度数は高いのかも知れない。あまり長湯するのはよくない。それじゃあ、そろそろ暗くならないうちに出ようかという段になって全員がハタと気づいた。

「この泥、どうする?」

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04四人とも手拭いしか持っていない。顔や肩の泥を湯で流してみたが、湯そのものが文字通り泥湯である。うっすらと泥のコーティングが全身を覆ったままで、タオルで拭っただけではとても服を着られない。

「このまま下の湯まで歩いて行って流すしかないな。」

すでに羞恥心がとんでいたのか、その結論に異を唱える者はない。四人は手に手に衣服や靴をぶら下げて、裸で裸足のままガレ場の斜面を下ることとなった。

浴衣団の下駄行進を笑っていたが、ボクたちの裸の行進の方がさらに歩みはのろい。幸い斜面にも下の湯にも人は少なかった。ボクが透明な湯で泥を流して上がろうとすると

 

「待って!それじゃダメ!」

…ホースできちんと泥を流してからにすべきだとサティが言い、ユーコが賛成した。そう来ると思ったよ、とほほ。

「オレ、先に上がって上に残してきた荷物取ってきます。」

あ、ずるいぞエッグ!

エッグがさっと足だけを流してジーンズを履き、駆け去った。

「あひゃあああー!」

早春の川の水である。情けない金切り声を上げて悶えたのはボクだけであった。サティもユーコもボクにホースを持たせて平然と髪まで流している。

夕暮れ始めた山道を吹く風は四人の火照った体に心地よかった。ボクたちは斜面を痛快な心持ちで闊歩していた。四人の野湯体験は、まるで子どもがいたずら冒険を共有したときのように楽しかったのだ。東の空は明るいが、山頂には黒い雲がかかり、空気は湿気を濃くしていた。

…ボクは迷っていた。エッグとユーコは今夜どうするつもりなのだろう。若い二人のことだ。余計なお世話かもしれない。別府の町まで送ってあげれば何とかするだろう。ボクもサティといつものように気ままな旅を続けたい。しかし今夜が嵐になることは確実だ。何も相談していないがサティも同じ思いでボクの決断を待っているはずだ。

「あ、あのう…」

やはり無言で歩いていたエッグが口を開いた。

「おにぎりなんか食べませんか?」

そう言いながらユーコのしょっていたリュックの中から、包みを取り出して、恥ずかしそうにボクたちに差し出した。おそらく明礬温泉の店先で買い求めたのだろう、ラップにくるまれた炊き込みご飯のおにぎりと味噌餡を包んだ餅が二つずつ。ヒッチハイクのお礼のつもりだろうが、野宿する彼らにとって貴重な夕食のはずだ。


すっかりいびつにつぶれたおにぎりと餅を受け取りながらボクの心は決まった。

「ありがとう。じゃ、四人で分けて食べよう。」

歩きながらおにぎりをほおばると、若者の心が染みてくるような優しい味がした。

幸いボクたちはこの夜、「山小屋風ロッジ、オープン記念特別価格、全棟温泉露天風呂付き素泊まり二人で6500円」という破格の宿を予約していた。東京を出てからずっと強行軍だったので、温泉に宿を取ろうと思ったところが、あいにくの週末とあって、別府市内は満室のところばかりだったからだ。全棟温泉露天風呂付きロッジというのに興味もあったし、とにかく安いから泊まってみようと、前日に広島から予約したのだった。いくら若い二人でも6500円なら予算内だろう。車にたどり着いたボクたちは、

「オレたちと同じロッジに行って泊まらないか?」

と提案した。二人は小躍りして喜んだ。

「嵐が過ぎたら、明日また、好きなところに送ってやるよ。」
「えー、マジいいんすか。」
「わーい。ラッキー!」

ここまで全身で喜ばれては少々くすぐったい。まあ、この面白い若者たちと過ごすのも旅の一興であろう。車を走らせながらサティが宿に電話すると隣の棟が空いていた。…と、言うより、あきらかに山奥のロッジはシーズンオフで、おまけに嵐の夜となればボクらの他に泊まり客はいなかったのだ。


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「山の中だから食べ物は町で買っていかなくちゃならないのよ。調理器具もないみたい。鍋は借りられるかしら。どうする?」

後部シートでサティの説明を聞いていたエッグがあっさり言った。

「パスタしかないっすね。」

彼の仕事はイタリアンのコックだったのだ。だが、せっかくの休みなんだし、のんびりしようや。

「夕飯はオレのおごりだ。好きなだけごちそうを買ってくれ。」
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ボクたちはは別府市内の回転寿司屋でテイクアウトのにぎり寿司をいっぱい買い、それから大きなスーパーに車を停めた。遠慮するエッグとユーコに代わってサティが楽しそうにザクザクと美味しそうなデリカテッセンを買い物籠に入れてゆく。若い二人が選んできたのはカツオのたたきと新玉ネギ一個、それに生姜だった。ユーコが片身のカツオを手に、

「幸せー」

と、とろけそうな笑顔で言う。

「お酒はオレたちに払わせて下さい。」

エッグはそう言って、ユーコと二人で何やら真剣に相談しながらスーパーの中を駆け回る。持ってきたのは袋に詰まったカボスとロックアイス、それに「いいちこ」のボトルだった。

うう、やっぱ若者は「いいちこ」か…。肝臓も弱ってきた身としては、地酒をちびちびいきたいところである。が、ユーコが言うのである。

「シエナさん、大分(おおいた)流を味わってみて下さい。」

二人は今、福岡に住んでいて、実家はそれぞれ熊本と長崎である。だから大分流は自分たちの好みではなく、ボクたちの旅情を慮って決めたお酒に違いない。

「いいちこのカボスロックが大分流っす」

エッグも流暢な標準語で言う。

「よし!それ行こう!」

…弱いのである。心配りと地元流という言葉。どちらもボクは弱いのである。

「山小屋風ロッジ、全棟温泉露天風呂付き」は真新しくとてもキレイだった。露天風呂付きというより風呂に部屋がついている感じだが、エッグとユーコもたいそう気に入ってはしゃいでいる。

二組はそれぞれの棟で温泉に浸かってから一部屋に集まり、いいちこカボスで不思議な縁に乾杯した。エッグはいつの間にやら管理棟から包丁を借りてきていて、切れないその包丁でカツオや玉ネギを切っている。ユーコが睦まじくアシストしながら紙皿に盛り付けてゆく。

乾杯が終わると、数時間前に出会った二組は互いのプライバシーに配慮して話が途切れがちになった。誰もが共通の話題を探しながら、ともすれば沈黙が続きそうになる。何とはなしに注目がボクに集まってきていた。ここは年長者として話題を提供するしかない。

「最近、新しい発掘や発見が相次いで邪馬台国は奈良にあったという説が有力になってきたけど…」

…またよりによって何という場違いな話題を…とサティが困惑する気配が伝わってきた。けだしもっとも、ボクも「しまった」とすぐに思ったが、途中で止めるわけにもいかない。

「…今朝、関門橋を渡ってきて、久しぶりに筑紫平野を走ってみると、やっぱりこの肥沃な大地にこそ邪馬台国はあったんじゃないかと感じたよ。ここに比べれば大和盆地はいかにも狭い。」

空気を読めない話題提起に、楽しいはずの旅の夜はいきなり台無し…と思いきや、さにあらず。この話にエッグが思いっきり食いついてきて、酒席は火がついたように盛り上がった。しかも悔しいことにはエッグが引いてくる文献や史料の半分以上をボクは知らなかった。いいちこカボスの強力な酔いが回り始めていたためによくは覚えていないのだが、気づけば天地降臨や日本神話の話になっていたことを思うと、どうやらいつの間にかエッグの土俵に持っていかれていたのかもしれない。ユーコもそつなくときどき話に入ってくる。話だけではない。

「このあと阿蘇から熊本に向かおうと思うんだけど、どこか地元の人しか知らない史跡や遺跡を教えてよ。」

と聞けば、それならばあそこはどうだろう、あっちは…と、次々に出て来る出て来る。現代っ子がこんなにも古代史に興味を持っているとは驚きだった。いや、もしボクに話を合わせてのことだとしたら、それこそ驚異と言っていい。

「結婚ってどうなんすか。」

今度はエッグの質問がボクたちに懐かしい記憶を呼び覚まさせた。サティが今のユーコの年のときにはもう結婚していた。

聞け、若者たちよ。

「結婚とは…」

すでにボクはすっかり出来上がっている。

「体が二つであることがもどかしい程に人格が重なってゆくこと」
「え?!」

結婚前に持っていたそれぞれの個性など、物心ついてたかが10数年間で作られたものである。そんなこだわりや嗜好などきれいさっぱり捨て去って、新たに二人共通の個性を二人で創ってゆくのだ。互いに自立する必要など全くない。二人で一人だからこそ夫婦なのだ。個性をシンクロさせ、喜怒哀楽を共有してゆく人生は格別である。そしていつか人格は重なってゆくだろう。

ボクとサティはそうした恋愛観を誰かに押し付けようとは思わないが、もう一度エッグたちの年令に戻ったとしても、やっぱり二人で同じ道を歩みたいと思う。

「そんなに結婚を肯定的に考える人たちを、オレ初めて見ました。感動っす。」
「あたしも…」

あんまり二人が神妙な感想を述べるので、ボクもいい気になってきた。

「そうか。じゃ、二人も早くゴールインしちゃえよ。付き合ってどれくらいなの?」
「そっすね。正式に付き合い出しだのはおとといかな。…なあ。」
「うん、そうだね。それまでも色々、飲み会とかで会ったことはあるけど…」

お、おとといぃー!?

いいちこカボスの酔いが脳を直撃した。ボクは絶句したままばったりと倒れ、そのまま深い眠りに落ちてしまった。

嵐の夜が明けると、久しぶりの青空が広がっていた。どうやら旅の後半は天気に恵まれそうだ。ボクたちは昨夜スーパーで買っておいたロールパンとカップスープの朝食を囲んだ。

「近くに由布川渓谷っていうのがあるみたいだから、そこに行ってみようと思うんだけどどうする?」
「いいっすねえ、オレたちも連れてってください。」

湯布院も近い。今日を限りに二年間会えない二人の邪魔をしたくはなかったが、ボクたちと同じくエッグとユーコも有名観光地にはあまり興味がないようだった。

たどり着いた由布川渓谷は、春休みだと言うのに人っ子ひとりいなかった。駐車場も吊り橋も、そして満開の桜もボクたち四人の独占だった。夜来の雨をたっぷりと含んだ苔がきらきらと美しい。ユーコがしゃがんで、その苔を摘み

「きれい…」

とつぶやいたままうっとりと動かない。変わった子である。が、そこが魅力でもある。エッグも同じ思いなのだろう、一緒に彼女が満足するのを待っている。

渓谷に下りる遊歩道をエッグが見つけてきた。どうせたいしたことはないだろうが、せっかく来たのだからと道を下ってゆくと、眼前に巨大な一枚岩が現れた。急な階段をさらに下ると、一枚岩の間から滝が見えてきた。

その美しさに思わず息を呑んだ。エッグとユーコが淵に吸い込まれていく。

「ちょっと、あの子、何する気かしら。」

サティがつぶやく。その予感は当たった。果たしてエッグが衣服を脱ぎ捨てたかと思うと滝に突入したのだ。

「わあ!止めろ、危ない!」
「滝ごりっす!…うわあー!」

落水のあまりの激しさに体が何度も滝壷に叩きつけられる。

「うおおおぉぉー!」

エッグは滝に踏み留まって吼えている。ボクとサティは咄嗟に川の中を急いだが遅かった。

ユーコが続いて滝に突入していった。

「シエナさん!写真撮ってください!!」

「え、えー?!

装着していた標準レンズは旧式なので防水防滴加工が施されていない。えーい!!ままよ!ボクは飛沫のカーテンの中に飛び込んでシャッターを切った。土砂降りの雨より激しい。叫び声も瀑音にかき消されて聞こえない。

ユーコを滝の下から引き戻そうとしたサティが川底の石に足を取られて頭から滝壺にダイブした。助け起こそうとしたボクの手が滑り、再び水しぶきとともに尻餅をついたところで理性のタガが外れたらしい。ユーコたちと水をかけあって奇声を挙げ始めた。

泥んこ遊びの翌日は川遊びかよぉ。ボクもずぶ濡れになりながら苦笑いした。ふらふらと滝のシャワーから出てきたユーコが倒れそうになるのを抱きとめた。

「シエナさん、あたしぃ悟りってゆうか…悟った。」
「何を…」
「歯がガチガチ鳴っても、気合いで止める方法…」
「バカなこと言ってないで、とにかく何か着ろ!」

 

ボクたち四人はぼたぼたと水を滴らせながら道を上った。歯がガチガチ鳴るのは気合いで止めながら駐車場にたどり着き、ありったけの乾いたタオルを使って着替えた。

車のエアコン暖房は最強にした。いつも冷静なサティまで滝壺に入るとは、あまりにも予期せざるハプニングだったが、お互い顔を見合わせると笑いがこみあげる。

湯布院インターの停留所でボクたちはエッグとユーコの乗る高速バスを待った。

風任せの気まま旅と口では言いながら、旅慣れたボクたちにとって、ハプニングを回避することはたやすくなっていた。風任せとは風を上手に操ってそれに乗ることではない。予期せぬ風向きに流されながら、臨機応変に対応してゆくところにこそ妙がある。宿も取らずに野湯を目指し、神秘的な滝を見れば吸い込まれるように飛び込んで行った若者たち。彼らと過ごした時間は、久しぶりに痺れるような旅の醍醐味を思い出させてくれた。

仕事や人生はどうだろう。いつの間にかチャレンジを忘れ、ともすれば保守的に考えがちになっている自分に気づく。現状を守ろうとすれば二人で起業した意味も未来もない。どんどんアイデアを考え、勇気を持って新しいことにチャレンジしてゆこう。

 


 

福岡行きのバスが来た。エッグとボクはハグをして別れを惜しんだ。ありがとう。楽しかった。またいつか会おうよ。手を振る二人を乗せたバスが見えなくなるまで、ボクとサティも手を振った。

「さあオレたちも行こう。」

ボクたちの旅はまだようやく後半に入るところだ。

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